◾️スコットランドの殺し屋

スコットランド銀行本店の在るエディンバラに行った際の話をする。

 ロンドン支店を訪れた後日に立ち寄ったのだが、エディンバラは発狂した民衆が魔女裁判で加熱した土地だ。空気感が違う。最多の被害者を誇るキャッスルヒルは優れた霊感を有する者なら悪寒が止まらなくなるであろう。残酷な歴史の一場面が垣間視える筈だ。

 悪霊が出現すると名高いホテルに宿泊した。無論の事、それは「出た」。出たという表現は実際のところ正しくない。彼らは「居る」。突如として遭遇する事は無い。最初から居る。その時の話は折を見て詳細を書くとしよう。

 


 今回は生者の悪人の話だ。

 夜間、一人で伝統的パブへ行った。観光客よりは地元の人間が多い。あちらではバーやパブが特別でなく、生活の場でしかない。人と交流する身近な憩いの場であり、非常に大衆的である。

 料理は特段、魅力的とは言えない。しかしスコッチ通には堪らない。

 長い歴史を経た独自の装飾、真鍮製のドアノブ、重々しい木製の床に柱。百年を超えて本物のアンティークとなった鏡に自分の姿を映してみれば、過去世の追憶の翳りに揺蕩う心地へと陥っていく。人々は石畳をゆったりと歩く。ここに誰かと巡り合う為に訪れる。恰も魂を集い合わせる様に。

 地元民と思しき何の変哲も無い男が、こちらに物珍しそうな視線を送って来る。年齢不詳。当時の自分が三十路であったからか同年代に見えた。だが現在の自分が彼に会ったとて、やはり同年代に思えた事だろう。つまりは中年に見えて意外と若い様にも、はたまた初老の様にも見えるという事だ。

 彼は黒髪であった。日本人の如き漆黒でなく、黒鳶色だ。赤みの有る焦茶色と表すと想像し易い。

 あちらは多民族国家である。アジアにルーツが無くとも黒髪である場合が多い。目の色は鈍色だった。照明の具合によっては燻んだ茶色にも見える。そのせいだろうか。不気味な印象を受ける。

 『日本人か?日本人だろ』と軽い口調で語り掛けて来た。当時は都内に住んでいた為「東京からだ」と答えた。

 古典的な酒であるグレンオーディを飲んでいた。四杯程度だ。加水はしていない。懐かしいカラメルの風味。余韻の苦味が好みだった。

 『日本人にしては酒が強いんじゃないか?』と彼は言う。名を尋ねると『バーソロミュー』と答えた。

 聖バルトロマイに因んだ名だ。ヘブライ語にて〝地が富む〟と表される。自分のファミリーネームも同様の意味だと教えた。

 スコットランドの人間は打ち解けてしまえば人懐こい。バーソロミューは奢りだと言いながら様々なスコッチを勧める。

 『お前は日本から何をしに来たんだ?』

 『こんな詰まらない場所で失望したんじゃないか?』

 『どんな生活を普段は送っているんだ?』

 『お前の英語は妙にイギリス訛りだが、何で日本人で英語を話せる奴は可笑しな英語を使って来るんだろうか』

 バーソロミューは矢継ぎ早に尋ねて来る。一つ一つの質問に端的に答えていると、やがて奇妙な事を彼が言い出した。

 『日本では人を殺すに当たり単価が高いのか?』

 バーソロミューは真顔だった。

 反社の稼業について具体的には知らないが、ルポルタージュでは一人当たり一千万と読んだ事が有ると答えた。殺す相手により報酬が変わるのは、どの国でも同じではないだろうか?とも言い連ねておく。

 『信じなくても信じてもどちらでも良いが俺は殺し屋なんだ。はっきり言って、この付近での仕事の単価は安い。だが日本で俺が上手くやれるとは思えない。言葉の問題じゃない。殺しに対しては俺は完璧なんだが』

 そうした事を無表情で淡々と言う。彼の話は真実だと感じ取れた。

 この表情が抜け落ちた話し方。バーソロミューが通常の適切な愛情を受けて育った筈が無い。そんな人間を身近によく知っている。彼女は女だからして、他害行為に向かわないだけなのだ。

 少なくとも自分は、そう分析している。男は性器に見立てた武器を他者に振るう。女は自傷として受け入れる。

 「バーソロミューが暗殺者になった理由を知りたい」と問うた。彼は退屈凌ぎだと言わんばかりの暗い視線でこちらを見た。

 『神が与えたもうた能力だ。天命だ。人を生かす仕事が有れば、殺す仕事も有る。善人が生かされる事は当然だ。俺が殺すのは屑だけだ。世の中を綺麗にしているのだ』

 バーソロミューは正義感の中で仕事を果たしているらしかった。幸福そうではなかったが。

 日本に住んでいる婚約者(予定)がバーソロミューに似ていると伝えた。『その女の職業は何だ?殺し屋か?』と彼は笑う。

 神託をする巫女だと答えておいた。

 

◾️負債

 専業主婦は男にとって大きな負債である。

 仮に世帯年収が平均以上であっても、妻が余分に稼いで来る方が将来的に気楽だ。更に言えば妻が仕事を持っている事実こそが心身を安定させる。

 妻の性質によるが一日中家に引き篭もり精神的にも経済的にも依存度が高い場合、非常な鬱陶しさを感じる。

 重病人である、自宅を事務所に個人事業を展開している、乳幼児の世話や親の介護をしている場合は例外である。

 

 友人らには年収二千万の層が多い。伴って専業主婦の妻に関する愚痴を聞く機会が絶えない。彼らは決して富裕層ではない。所得税・住民税の負担が大きく、貯蓄や投資を計画的に行えない状況であれば未来の生活は間違いなく苦しくなる。

 専業主婦を排斥している訳ではない。生き方の一つとして尊重する。生き方である以上、男に全身全霊でぶら下がるしかなかろう。夫を癒す事が仕事である。それ以上の事をしてはいけない。望んでもいけない。夫を癒せないならば主婦業を退職するしかない。夫の評定が全てだ。社会的な仕事を持たずに結婚するとは、そうした地獄の始まりだ。

 

 破局を迎えた、或いは迎える予備軍である友人らは妻との関係性が悪いのだ。心地良い関係性であれば、男は女を繋ぎ留める事に必死になる。

 逆に我が妻は容赦が無い。「あなたのお零れは要らない」と言う。「金品で女を釣れると思うな」とも言う。こちらが彼女の意見に従わない場合は「結婚している意味が無い」とまで言う。

 彼女は一人で世を渡る実力が有り、強い自信に溢れている。男に頼らない。だから妻にした。

 

 好き勝手に書いたが、締め括りとして自分は妻を専業主婦にしたい願望が有ると記しておく。家に閉じ込めておきたい。胸焼けする程の鬱陶しさを日々発揮して欲しい。

 もっと言えば日常に潜む妻の狂気が見たいのだが、その様な高度な褒美を夫に与える気は更々無いらしい。利害が一致しない。

◾️闘争心

 一般的な闘争心というものを自分は持ち合わせていない。ここで言う闘争心とは、誰かに勝ちたいという安く幼い意識を指す。

 

 学生時代には競う分野が限られている。殆どの場合、殆どの場面で首位に据えられていた為それが常態。高校にて首席争いをしていた友人が居るが、彼に負けたとしても愉快だった。それはゲームなのだ。

 部活動も遊戯。闘争する場ではない。これも多くの大会で勝ってしまうが、努力していないのだから負けても勝っても感慨が無い。

 社会人になり業績争いを強制される環境では、やはり自然に勝ち抜いてしまう。仕事での闘争心は持った事が無い。重大なミスをしない事のみを自分に課していただけだ。

 唯一、一時的に闘争心を抱いた事案は妻の元夫に対してだろうか。妻を得た事で消えた感情。

 闘争心とは厄介なものだが、原動力にも成り得る。

 

 闘争心は原則として持っていないと言えるが、自分に闘争本能が有ると気付いた時の話をしよう。

 闘争本能とは生物として備わっている感覚である。残酷な攻撃力の話だ。

 

 キックボクシングをしていた頃、試合に出た。護身術として始めたのだが、先天的に相性の良いスポーツだったのだ。スタートして三ヶ月経たぬ内、元プロの所属長に「勝てる」と断言され出場した。

 アマチュアの大会だったが、プロテストを視野に入れている選手と多く闘った。

 彼らは闘争心の塊であり只管に勝とうとして来る。なぜ勝ちたいのか?なぜ闘いたいのか?彼らは解を持っていない。

 生物、特に雄としての強さを実感したいから だろうか。では、彼らは負けてしまえば生きて行けぬ程度に精神的に追い詰められるのだろう。

 

 その時、自分が彼らに勝てる事を知ってしまった。生物として優位である事を。

 相手の動きが読める。遅いからだ。先にガードが出来る。非常に詰まらない。

 相手のスタミナが不足している。急所を守れなくなっている。加減したハイキックが相手の顎へと吸い込まれて行く。

 加減しているのだが相手は泡を吹く。そんなに簡単に弱るのかと訝り、更にボディーブローを打つ。

 攻撃は相手の体との対話でもある。顎を引かねば脳が揺れる。溶ける様に相手の闘争心が消えて行く。代わりに現れるのは恐怖感や絶望感だ。

 こちらには全能感だけがある。

 対象者が恐怖と絶望で支配される。それらを与える全能感。それは快感だった。

 胃液を堪えている感覚も手に取る様に感じられる。内臓には痛覚が無いが、周辺の神経にダメージを与える。急速に弱らせない様にと理性でブレーキを掛ける訳だが、相手の体を気遣う心境ではない。自分の快楽が目減りする事が嫌なのだ。

 相手の生命や人生を預かっている様な感覚だった。ここで殺したとしても罪になる事は無い。法治国家である筈が。

 

 この経緯からキックボクシングを止めた。自らの悪性を知ったからである。

 正確には試合に出る事を辞退し約三年続けた。自分の特性として痛覚が鈍く、怪我をしても無視する所為で仕事に支障が出た事を表向きの理由とした。

 

 

 

◾️骨噛み

 かつて日本の限られた地域に骨噛みという風習が有った。故郷である新潟でも近年、行われていた記録が残っている。

 故人と一体となる。故人の人徳に肖る。故人の霊性を吸収する。歴然とした目的を有し、これらはカニバリズムの理念に通ずる。

 

 幼少期に新約聖書に触れた際、ヨハネによる福音書の一節を読んで聖体拝領はカニバリズムであると捉えた。

 〝私の肉を食べ私の血を呑む者に永遠の生命有り。私はその者を終わりの日に甦らせるであろう。〟

 自分はこの一節を神の愛と考えた。六歳未満の幼児であったが、確かにその様に感じ入った。

 

 さて仮に、妻が先立ったとしよう。

 骨噛み?

    ……噛むのみで済ませるものか。全て食べ切る予定である。

 彼女は自分にとって神に等しい存在なのだ。

 

 それはそれとして遺骨には六価クロムと呼ばれる発癌性物質が含まれる。無害化する方法も有る。骨噛みを実行されたい方々は無害化を検討して頂きたい。

◾️中間生記憶

 中間生記憶とは胎内に宿る以前の記憶を指す。自分にはそれが有る。

 白い羽毛に包まれた世界に居た頃の記憶だ。

 

 羽毛は温かく、下側は特に熱を孕んでいた。毛足の長い絨毯。或いは電気毛布といった感触に近い。

 空中も白いが、白には種類が有る。そちらは乳白色だった。

 そこには白い羽根を持つ巨大な何かが居た。人間が想像する天使の如き羽根でなく、悪魔めいた羽根を広げた姿をしていた。しかし、その何かは全長が確かに純白だった。

 純白の何かは羽毛に包まれた地から、白い毛球を触手で拾い上げる。毛球は象牙色のものと白米色の二種類が有る。毛球は羽毛の地から更に下、下へ下へと一つ一つ堕とされて行く。

 やがて自分の番が来た。

 掬い取られた様でもあり、摘み取られた様でもあった。恐怖や歓喜といった感情は無く、只為されるがままだった。

 自分の毛球が何色をしていたのか判別は出来なかった。

 次に居た場所は赤く狭い部屋。心地良い振動が有る。滝の様な音もする。あまりにも全てが完璧に揃っている為、出たいと思えない。

 

 この話を十三歳当時の妻にすると、彼女は確然たる事として解説してくれた。

 《純白のものは赤ちゃんを司る神様。象牙色の毛球は堕胎されたり死産になる赤ちゃん。大人になってから重犯罪を行う赤ちゃんも象牙色、でもよく見ると象牙色よりも灰色に近い。ご飯の色の毛球は元気に幸せに生きられる赤ちゃん。だからあなたの色は、そっちの色。自分じゃ自分の色は見えない》

 

 

▪️パパ活という行為の先に

 端的に言えば売春行為だが、90’sから援交と呼ばれる流行は存在していた。

 当時と異なるのは生活に窮した若い世代が、遊びでなく〝本職〟として止むに止まれず沈んで行く様相にある。

 自分が未だ外資系金融に居た頃、このパパ活なる用語は生まれていなかった。しかし、これに類した活動をしている女には遭遇する機会が多かった。

 彼女らにとって我々外資系企業の人間は取締役でなければ、狙いよりもスリーランク低い人種に当たる。トップクラスがスポーツ選手や有名芸能人、次点が政治家や高級官僚。その下に一部上場企業の社長や役員。その下である我々は彼女達から見て下層らしい。

 では彼女らの属性は。特性は。能力は。性質は。と言えば、難関大出身者は少なくとも自分は見た事が無い。自らの将来を見据えた努力が出来る女性は思考のベクトルが別だ。女子大3S出身が多かったと言っておこう。学生又はフリーターが多数。無職も居れば会社員も居た。総じて言えるのは『男に寄生しよう』と考える女しか居なかったという事だ。

 無論、それらの大学出資者が全て的外れな行動をしていた訳ではない。名家の才女も居るのだろう。あくまで自分が出くわした範囲の女が壊れていたのである。

 既婚者であった上司は清々しく後腐れ無く彼女達に接していた。同僚の1人は遊ぶのでなく誠実に交際し結婚に至っていた。離婚したが。

 自分はご存知の通り、化猫の華嬢に執心していた為に着飾った女達とは一線を引いていた。精神的には一線を引きつつ身体的には一線を超えている。若気の至りとしよう。

 同僚であり友人であるN(故人・過労死した)が問題だった。一見は顔立ちの整った優男で、気立ても良いNはバイセクシャルを自認していた。しかし深層では女を憎んでいた様に思う。

 ターゲットにした女に高価な品々を与える。5つ星にステイする。連休にグアムやらニューカレドニア等に連れ出し、ラグジュアリ体験を積み重ねさせる。多大なる甘い言葉を散々囁いた後、急に女を切り棄てる。

 虜にしておいた女が、それからどうなるか見たいのだそうだ。1人は生活レベルを落とせずにナイトワークへ。1人は精神疾患になり入院した。他は聞いていないが、犠牲者は2人では留まらないだろう。

 寄生して生きる事が悪だとは、自分は考えていない。生存手段として有効であるとは思う。仮に自分が他者に寄生する必要があるとすれば寄生先を複数人確保し、リスクの分散を図るだろう。

   誰かに寄生する事は、社会人としてのキャリア形成を放棄するに等しい。自立は望めず、寄生先の要求を呑まねばならない場面が生じる。即ちプライドは持てない。

 例えば有名人の愛人だとして、相手のキャリアや名声は相手のものだ。相手を支えていると声高に叫んだとしても虚勢に過ぎない。

 これが配偶者であれば、また違う論争になるのだろうが我が妻は夫に頼る事を極端に嫌う。病身で働き回り、家に居る事を嫌う。挙げ句の果てに「あなたが死んでも困らない」と言い切る。

 酷な台詞だが、その直後に「あなたの魂を愛しているから実体が無くても困らない」と言うのである。その妻の魂に自分は29年余り、寄生している。

 

 

▪️Nによる寄稿

 以下は元妻 奈々(仮名)による寄稿文である。四月に入り次女の育児で問題が発生し、家族一同で介入していた。

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T先輩に運良く一時的な結婚して貰ってたNです。周りからラッキー野郎だと思われてます。ほんとにラッキー野郎だと思って感謝してます。

宝者のムスメが定型発達じゃない事が判明しました。コーちゃん程じゃないんですが結構な高iqでした。小学校入学後から登校offにして勉強と、音楽関連の家庭教師付けて貰ってます。

ホッとしてます。コーちゃんが賢過ぎなんでわたしが産んだ子供がお馬鹿だったら、立場がないんで。

T先輩に八年も幸運にも相手にして貰って、言い方悪いんだけど子供まで作って貰って。宝クジ高額的中レベルの幸せです。先輩には義務しか無いにしたって毎月のお手当てがありがた過ぎて。多過ぎる養育費とプレゼントや何か。

ムスメがT先輩を別な意味のパパ、わたしにとっての利害関係があるパパに思ったら教育上良くないんで。華先輩やコーちゃんとも定期的に会って、遊ぶ事になりました。コーちゃんは偏見が無い大人びた人です。本当のお嬢様ってあんな女の子の事を言うんだと思ってて、うちのムスメがあんなふうに育つか心配してます。わたしに似てガメつい、やーな感じに計算高いオンナになりそうで。T先輩の教育がムスメには実践されてないから。

身の程知らずに勢いでT先輩の事を借りた、バチが今当たりつつあると思います。産んだし育ててるから必要経費以上に金品貰える反面、頭が良過ぎる子供が生まれてわたしの生き方は責められてます。ムスメから。頭の中身がわたしより成熟してるムスメが、雰囲気で圧かけて来るんです。

あっちの家に生まれてたはずなんだよ、あっちの家に生まれたかったんだよねって本音を感じます。T先輩が父親としてちゃんと家にいて、海外遠征(旅行)とかも連れてってくれる家。

先輩は英才教育には全面的に参加してくれて、環境整備してくれてますけど。ムスメに興味がT先輩にあるとしたら、どんだけ音楽の世界で伸びるかって点だけだと思ってます。

わたしの将来の展望はお婆になるまで薬剤師、お金を貯めます。T先輩が助けてくれるのはムスメの大学卒業まで。後は頼れません。頼りません。再婚は無しです。誰と付き合ってもT先輩と比べて落ち込むんで、もう疲れて婚活辞めました。華先輩の巴お姐が言ってた通りで。オトコは全部同じです。長所、短所がプラマイゼロでみんな一定値でした。持ち点10として怒りっぽいで➖2なら連絡マメで➕2みたいな。それが全員にあるから誰でも、付き合う基準満たしてる人はだいたい10点で10点から上がらないんですね。T先輩は20点は持ってると思ってるけど冷たいんで。やっぱ➖10です。

華先輩のすごい所はあんな怪物級の人の手綱握ってて、ダンナを「犬」って呼んじゃえる事です。犬がやらかしても可愛いから許せるんだって。華先輩には感情の起伏が激しいムスメが完全なついてて、やっぱわたしは華先輩の所に来るべき宝者を奪って産んだのかも知れなくて。華先輩が子宝祈願してくれたのは、先輩の愛だったはずなのに神様からは罰を貰ったかも知れないんです。

T先輩を欲しかったのもT先輩の子を欲しかったのもオンナとしての欲です。過ぎた欲で過ぎた欲に対しては罰が来るって、今になって身に染みてわかりました。