◾️ジンのミスト

 欧米諸国の人々と比較し、自分が然程アルコールに強いとは思わない。遺伝的に日本人はアルコールを無害化する機能に劣るのだ。

 欧州のモンゴロイド系以外の人種は酒豪しか見た事が無い。彼らは日本人であれば急性アル中になる量を平気で呑み干すが、せいぜい陽気になる程度で酔い潰れるという醜態を見せない。その点、非常に品位の高さを感じる。

 

 二十代では出張先でアイリッシュパブにて周囲に合わせグレンリベット(スコッチウィスキー)をストレートとトワイスアップ(1:1の水割り)で多量摂取し、ホテルに戻り嘔吐した事も有った。

 本場ではロックという飲み方は存在しない。「それはスコッチの愉しみ方ではない、日本人はおかしい」と囃し立てられる。作法が有り、加水する前にストレートで味わえと言うのだ。

 同僚はともかく上司は欧州寄りの肝臓の持ち主だった。パワハラ等は彼の常識。「潰れる迄、呑んでこそ漢」という昭和理論を振りかざす。敢えて男と書かず漢と書かせて頂こう。

 

 呑む事には付き合えたのだが、ロンドンに一時期オープンしていた酒の吸引店には参った。

 ヴィクトリア時代の建造物。

 アルコールの濃霧が広がるアングラな内部に足を踏み入れ、吸引により急速に泥酔させるという悪趣味で享楽的な空間である。

 中毒を引き起こし死に至らせる目的かの様な毒ガスの中、女漁りをしているブリティッシュ達には辟易した。濃霧の正体はジントニックで一見、悪影響は無さそうだ。だが仮に酩酊しても、水蒸気の吸引の為に吐いて平常に戻る事が不可能。肝臓で充分な分解が望めない。急激に酔いが回る仕様である。

 自分の場合、アルコールは問題では無かった。しかし気道過敏が幼少期から見られ、疲労時に湯気や気温変化で咳が止まらなくなる場合が有るのだ。店内は湿度が異様に高く、咳の度に深呼吸をしてしまい過度に吸引する事態になった。

 

 店内滞在には制限時間が設けられている為、事無きを得た。仕事上で胸奥より辛いと思ったのは、あれが最初で最後である。